N.Y.ジャズ見聞録  

鮮やかに蘇る、ヘンリー・マンシーニの知られざる名曲

The Mancini Collective @ The Kitano New York
on April 10, 2009

 アメリカン・ソング・ブックの系譜は、第二次大戦前のコール・ポーター、ジョージ・ガーシュインから、1950年代から90年代の初頭まで多くの作品を残したヘンリー・マンシーニに続き、現在も活躍するバート・バカラックに至ると言えよう。そのマンシーニの音楽を検証し、新たなアレンジで甦らせるプロジェクト、マンシーニ・コレクティヴのライヴをリポートしよう。
 ヘンリー・マンシーニは1924年にオハイオ州クリーブランドに生まれた。戦後すぐにグレン・ミラー・オーケストラのアレンジャー兼ピアニストを務めて頭角を顕す。1952年にユニバーサル映画の音楽制作部門に入社し、6年間スタッフ・アレンジャーとして「グレン・ミラー物語」、「ベニー・グッドマン物語」などを手がけ、研鑽をつむ。58年退社後、テレビ・シリーズ「ピーター・ガン」のサントラが大ヒットし、「ティファニーで朝食を」、「シャレード」といったオードリー・ヘップバーン主演映画、ジャズ・スタンダードにもなっている「酒とバラの日々」、誰もが知っていると言っても過言ではない「ピンク・パンサー」のテーマや、「刑事コロンボ」などの音楽を手がけ、グラミー賞、アカデミー作曲賞に輝いたポピュラー音楽界の巨匠である。1994年70歳で、惜しまれながら膵臓および肝臓ガンで、逝去した。ATNからは、マンシーニが自ら手がけた「サウンド&スコアーズ、プロフェッショナルなオーケストレーションの実践的なガイド」の邦訳がサンプルCD音源付きで、2003年に上梓されている。  


テッド・ナッシュ(ts,as,fl)

マット・ウィルソン(ds)
 マンシーニ・コレクティヴの中心人物、テッド・ナッシュ(ts,as,fl)は、ウィントン・マルサリス(tp)率いる、ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラでもフロントを務め、現代ニューヨーク・ジャズ・シーンを代表するアンサンブル・プレイヤーだ。また自らのグループ、”オデオン”を率いて活躍している。「インターミディエイト・ジャズ・コンセプション/スタディ・ガイト」(ATN)のテナー・サックス編でも模範演奏を担当し、教育者としての側面も聴かせてくれた。ロサンジェルスの音楽一家に生まれ育ち、18歳でニューヨークにやってきた。ナッシュの父、ディック・ナッシュはトロンボーン・プレイヤー、叔父のテッド・ナッシュは、サックス/フルート/リード・プレイヤーで、ハリウッドの映画音楽の録音に参加するスタジオ・ミュージシャンだった。50年代からマンシーニ楽団にも所属し、週末のTVショウ「マンシーニ・ジェネレーション」に出演する父と叔父を見るのが、子供の頃の楽しみだったそうだ。マンシーニの音楽に囲まれて育ったナッシュにとって、このプロジェクトは、自らの原点や、家族の思い出をたどる重要な意味を持っている。約半年の間、マット・ウィルソン(ds)と共に、マンシーニの古いレコードを集めて採譜をし、その中から20曲を絞り込んで、アレンジを施しリハーサルを繰り返した。その成果が昨年アルバム”The Mancini Project” (Palmetto Records)となって結実する。選曲では、あえて「ムーン・リヴァー」や「酒とバラの日々」といった大ヒット曲を避けて、知られざる美しいメロディを、多く採り上げた。
 居心地のよい、こぢんまりとしたラウンジといった雰囲気のザ・キタノ・ニューヨークの中二階にあるバーは、天井の低さとロビーとの吹き抜けがプラスに作用し、PAを通さない生音でも素晴らしいバランスで、演奏を楽しむことが出来る。
 この夜ステージに登場したのは、レコーディング・メンバーでナッシュの片腕を務めたマット・ウィルソン、フランク・キンボロウ(p)、ベースはルーファス・リードに替わってジェイ・アンダーソンだった。ウィルソンは、デューイ・レッドマン(ts)やリー・コニッツ(as)のグループ出身。アヴァンギャルドからストレートアヘッドまで広い守備範囲を誇る。キンボロウとアンダーソンは、マリア・シュナイダー・オーケストラの鉄壁のリズム・セクションのメンバーである。


ザ・キタノ・ニューヨーク

  演奏された有名曲は、小粋なスウィング・アレンジの「ティファニーで朝食を」、「ドリームスヴィル」ぐらいだったが、日本では未公開の映画「ナイト・ヴィジター(1971)」のテーマや、フランク・キンボロウとのリリカルなデュエットが美しい「シェリルのテーマ」など、多作でありながら美しい旋律の宝庫である、マンシーニの作品群に驚かされた。これらの佳曲をナッシュは、ストレートなスウィングでメロディを歌い上げるだけでなく、コルトレーン・ライクなモーダル・アプローチ、はたまたロック・ビートと多彩な仕掛けを施した。曲間のMCでナッシュはそれぞれの曲のエピソードを解説する。アルト・フルートによるバラードの「雨の兵隊」では、同じ楽器の名手で、マンシーニがミステリアスなシーンの描写にアルト・フルートを多用するきっかけとなった、叔父テッド・ナッシュへのトリビュートを捧げた。「サウンド・アンド・スコア」のサンプル音源にはいっている「ドリームスヴィル」は、トロンボーンのリード・パートは父のディック・ナッシュがとり、叔父が美しいソロをとっているとのことである。この曲をナッシュは、叔父のように美しいルバートでテーマをとり、一転してアップ・テンポのスウィングでアドリブに突入する。オリジナルとは異なった熱気を帯びたプレイで、ファースト・セットが締めくくられた。
 
フランク・キンボロウ(p)

ジェイ・アンダーソン(b)
  
テッド・ナッシュ(ts,as,fl)

 テッド・ナッシュは今後も、このプロジェクトを継続していく予定だそうだ。次はどのような知られざる名曲が発掘され、斬新な解釈で再演されるのか?期待がふくらむ。 

(2009年4月10日 於The Kitano New York)


Set List

Theme from the Night Visitor
Breakfast at Tifanny's
Solider in the Rain
Mr. Yunioshi
Cheryl's Theme
Experiment in Terror
Dreamsville

関連アルバム


マンシーニ・プロジェクト

 

関連リンク

Ted Nash  http://www.tednash.com/homepage.html

The Kitano New York  http://kitano.com/