N.Y.ジャズ見聞録  

    

孤高のカリスマ理論家、ジョージ・ラッセルの輝き続ける業績

Portrait of a Vertical Man:
A Celebration of the Life of George Allen Russell
 

   

 昨年7月27日に老衰でなくなったジョージ・ラッセルのメモリアル・サーヴィスが去る5月8日、マンハッタンのAll Souls Unitarian Universalist Churchで開催された。未亡人のアリス・ラッセル夫人を中心に遺族、ラッセルが率いた、リヴィング・タイム・オーケストラのメンバーや、評論家、ノルウェーのジャズ関係者が集まる盛会だった。その模様をお伝えしよう。



 孤高のカリスマ、ジョージ・ラッセルは、1923年オハイオ州シンシナティ生まれ。1953年に、コードチェンジが複雑化して行き詰まりを見せていたビバップを打開する、革新的なリディアン・クロマティック・コンセプトを提唱し、マイルス・デイヴィス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、ビル・エヴァンス(p)らに大きな影響を与え、モダン・ジャズの最高到達点であるマイルス・デイヴィスの名作"Kind of Blue"のベーシックなアイディアとなった。1964年、スカンジナビア半島に渡ったラッセルは、ノルウェー、スウェーデンのジャズ・シーンにも大きな足跡を残す。1969年に帰米、ボストンのニューイングランド・コンサーヴァトリーに教授として迎えられ、後進の指導に当たるとともに、リヴィング・タイム・オーケストラを結成、"アフリカン・ゲーム"、"イッツ・アバウト・タイム"と言った野心作をリリースしている。2000年以降は、あまり表舞台には登場せず、ボストンで悠々自適の生活を送っていたようだ。

タイガー大越(tp)

 土曜日の午後、All Souls Unitarian Universalist Churchという、すべての宗教を受け入れる教会に向かった。ある意味、リディアン・クロマティック・コンセプト教の教祖とも言えるラッセルには相応しい会場かもしれない。到着してみて気がついたが、ここは2年前に当時ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手が、電撃結婚式を挙げた教会だった。午後の陽が、さんさんと窓から降り注ぐ中、参列者が集まってきた。リコーダーの音色が厳かな雰囲気を醸し出す。祭壇の前には、リヴィング・タイム・オーケストラのメンバーが集まっている。タイガー大越のトランペットの独奏がレクイエムのように教会に響き、"Listen to the Silence"へと導かれ る。ラッセルが、2003年にロンドンで催いた80歳のバースデイ・コンサートでも、オープニングを飾った曲だ。大越は、80年代からリヴィング・タイム・オーケストラに参加、ラッセルの薫陶を受けた。初めてリハーサルに参加したときの音楽的衝撃は、今でも鮮やかに思い出せると語ってくれた。アリス・ラッセル未亡人が、祭壇に上がり、来賓客に謝辞を述べ、ジョージとの思い出を語った。


ゲイリー・ギディンス


マリット・ジャースタット

 生前のラッセルの言葉を伝える、テレビやラジオの放送を挟みながら、スピーチが続く。ドキュメンタリー作家のケン・バーンズが制作した12時間を超える大作「ジャズ」の中で、鋭い解説をしていた批評家のゲイリー・ギディンスが、ラッセルの音楽的功績を語った。ノルウェーのコンテンポラリー・ミュージック・ソサエティを代表して参加したマリット・ジャースタッド女史は、ラッセルが北欧に蒔いた種が、現在の北欧のジャズのベースとなり、大きな花を咲かせている状況を話し、その大きな業績に感謝を捧げた。ラッセルのファミリーからも、その忘れ形見であるジョック・ミルガードが、父の思い出を綴った。友人のスピーチでは、「ジョージが幸せな老後を過ごせたのは、アリス夫人があってこそ。」と述べられ、会場から大きな拍手がよせられた。

 


アリス・ラッセル



リヴィング・タイム・オーケストラ


ジョック・ミルガード

 リヴィング・タイム・オーケストラは音楽で追悼する、ラッセルの右腕だった、イギリス出身のギタリスト、マイク・ウォーカーと、ボストンの側近だったヒロ本宿(fl)が、"The Ballad of Hix Blewitt"を、そして中枢メンバーだったジョージ・ガゾーン(ts)がソロで、天国へと響くように"I Want to Talk About You"を演奏した。そしてラッセルのコンサートでは恒例だったマイルス・デイヴィス(tp)のソロをトランスクライヴした、エンディング・テーマの"So What"は、ステージからホーン・プレイヤー達が演奏しながらパレードをして教会から退場、そして再度入場するというラッセルの生前と全く同じセレモニーが執り行われた。2003年のロンドンで開催された80歳バースディ・コンサートが、最後のリヴィング・タイム・オーケストラを率いたコンサートだったという。筆者は2004年のIAJEで、ニュー・イングランド・コンサーヴァトリーの学生グループの演奏にゲストで登場し、"It's About Time"と"So What"を演奏。学生バンドが突然啓示を受けたように、サウンドが活性化する、ラッセル・マジックを目の当たりにした。詳しくは、2004 第31回 IAJE(国際ジャズ教育者協会)年次総会 in ニューヨーク(an annual conference in New York) Part 3 トリビュート・トゥ・ジョージ・ラッセルを参照されたい。この時のIAJE開催中に催かれたNEA(National Endowment of Arts 国立芸術基金)ジャズ・マスターズ賞授与式に、1990年受賞者として参列して、メジャー・イヴェントに登場し健在ぶりをアピールしたときが思い出される。

 
ヒロ本宿(fl)


マイク・ウォーカー(g)


ジョージ・ガゾーン (ts)

 セレモニーの最後を締めくくったのは、ニュー・イングランド・コンサーヴァトリーの同僚だったラン・ブレイク(p)のソロ・ピアノ。自らのオリジナル曲の"Bank Street"と、スタンダードの"Autumn in New York"を、メドレーで、一音一音にラッセルとの思い出を込めて弾いた。"Autumn In New York"は、ジョン・コルトレーン(ts,ss)や、ビル・エヴァンス(p)をフィーチャーしたラッセルの出世作"New York, N.Y."(1959年)でも採り上げられている曲だ。多くの人々に讃えられるラッセルの功績は、ジャズ史上に、これからも燦然と輝き続ける。(5/8/2010)


ラン・ブレイク(p)


関連ウェッブサイト

George Russell
http://www.georgerussell.com/

George Russell's Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization
http://www.lydianchromaticconcept.com/main.html

 

The Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization for All Instruments
ジョージ・ラッセル リディアン・クロマティック・コンセプト
George Russell 著
A4変型/192頁 定価 13,650円 (本体12,000円+税)