N.Y.ジャズ見聞録 

34th IAJE Annual Conference in New York City vol.2

ピーター・アースキン(ds)が、

すべてのミュージシャンに贈るクリニック

タイム・アウェアネスなど、

盛りだくさんな

クリニック、ディスカッション企画

 

 前回は 1月10日から13日まで4日間に渡って催かれた、IAJE(国際ジャズ教育者協会)2007年度年次総会の、前半2日間の主なコンサートと、2日目の午後6時からオープンした189にも及ぶ展示即売ブースの一部を、リポートした。今回は、IAJE年次総会を、ライヴ、展示ブースとともに構成する第3のイヴェントで、2日目から最終日まで、177にも及ぶクリニック/シンポジウム、パネル・ディスカッションの中からの、スペシャル・セレクションをお届けしたい。


 ミュージシャン、ジャズを学ぶ学生だけでなく、学生を指導するインストラクターも多く参加しているIAJEでは、著名なミュージシャンによるクリニックには、いつも満員で熱気に包まれている。ロス・アンジェルスに本拠を置き、南カリフォルニア大で教鞭を執っているドラマー、ピーター・アースキンのクリニックをニューヨークで参加できるのは希有なチャンスであり、この日も多くのプロ&アマチュア・ミュージシャン、学生、教員を集めた。
 ピーター・アースキンは、1978年にフュージョン時代を代表するグループ、ウェザー・リポートに参加して、シーンにその名を知らしめた。ウェザーの同僚のジャコ・パストリアス(b)と行動をともにし独立、ジャコのビッグバンド"ワード・オブ・マウス"も、その盤石のドラミングで支えた。その後、マイケル・ブレッカー(ts,ss)、マイク・マイニエリ(vib)らのステップス・アヘッドや、さまざまなセッション、自己のリーダ・グループで、80年代からトップ・ドラマーの一人として活躍している。ジャズ・フィールドだけでなく、スティーリー・ダンや、ジョニ・ミッチェル(vo,g)、エルヴィス・コステロ(vo,g)・グループのサポート・メンバーとしても、絶大な信頼をおかれている。ドラム&パーカッション・インストラクターとしても知られ、学校、各地でのクリニックの開催、そしてドラム・パースペクティヴ〜考察と展望 (日本語翻訳版ATN)など著書も多くある。今回のクリニックはドラマーだけでなく、すべてのミュージシャンを対象にかかれた最新書 タイム・アウェアネス (同ATN)の一部を、より分かりやすく、アースキンの豊富な音楽経験をまじえて、講義した。
 まず、ドラマー以外のアマチュア・ミュージシャンに、タイム感覚の重要性がよく認識されていない例として、シンプルなメロディの曲をアマチュア・サックス・プレイヤーに吹かせ、それにメトロノームを被せると、どれだけずれているかという音源を聴かせた。このサックス・プレイヤーは初心者ではなく、別の音源ではアースキンと堂々たるデュオ・バトルを聴かせてくれるレベルにもかかわらず、もっともベーシックな部分がしっかりと完成されていない実例だ。優れたミュージシャンほど、タイムにきわめて敏感であるエピソードとして、スティーリー・ダンのツアーに参加していた頃の話をしてくれた。「ヘイ・ナインティーン」という曲で、3週間にわたるリハーサルで決定した118というテンポから、ホーン・セクションを微妙にプッシュするため、あるコンサートで119で演奏してうまくいき、アースキンはすこぶるご機嫌であった。翌日のサウンドチェックで、ドナルド・フェイゲン(vo,kb)は、昨晩の演奏は少し速いテンポだったのではと指摘し、「悪くはないが、そういうことは二度としないでくれ。」と言われたそうである。
 「タイム感覚が理解できれば、スウィングでき、音楽でストーリーを語ることが出来る。」アースキンが前日に参加したシーラ・ジョーダン(vo)と、マット・ウィルソン(ds)のワークショップで言われた言葉だが、全くもってその通りと、アースキンは断言した。タイムをより正確に把握するためには、リズムを細分化(サブディヴィジョン)して捉えることが効果的とし、その実践として、メトロノームで118のテンポをだし、それにあわせて八分音符で、手を叩くトレーニングのデモンストレーションをした。最初はテンポが合わなかった、参加者のリズムが繰り返すうちに、リズムに乗るようになった。ヴィンス・メンドーサ(arr)がアレンジと指揮を手がけた、ジョニ・ミッチェル(vo,g)とオーケストラのツアーでも、各地のオケとのリハーサルでメンドーサは、この手法でポップスのグルーヴを、クラシック・ミュージシャン達に伝えていたそうである。ルーファス・リード(b)がステージに登場し、アースキンは、まず4分音符をベースにした、シンプルなミディアム・スウィングを演奏しながら、8分音符を歌った。このヴァリエーションで、バックビートを効かせたり、グルーヴをつっこみ気味にするようなコントロールが自在に可能となる。スティーリー・ダンのツアー中、シャッフル・チューンの"Reelin' in the year"を演奏するときに、アースキンは頭の中で、カウント・ベイシー・オーケストラのソリのイメージを鳴らして、バックビートの効いたグルーヴをキープしていたという。

ボブ・シェパード(ts)
 ふたたびルーファス・リードとのデュオで、2つのドラミング・パターンのデモ演奏をする。ドラマーAはシンプルに4ビートをキープ、ドラマーBは派手なオカズが盛り込まれた伴奏だ。どちらがよいかを問いかけたあと、聴講者の一人をステージにあげ、ベースで伴奏を付けることをイメージさせ、またドラマーA&Bを繰り返す。聴講者に、どちらがベーシストとして合わせやすいかを問えば、当然タイムがクリアーなAという答えになった。コミュニケーション・ミュージックであるジャズでは、タイムをクリアーにする。つまりタイム・アウェアネスということが最も重要であると、アースキンは強調した。共演者同士で、タイム感覚を合わせるためのトレーニングとして、10人をピックアップし、ハムレットの"To be or not to be, that is the question."をひとり1単語ずつ喋らせて、フレーズを作らせた。タイムとリズムを合わせるだけではなく、フレーズ全体を把握しないと成立せず、これは音楽でも全く同じことが言えることを解説した。これらの解説の実践として、ボブ・シェパード(ts)がステージに登場し、ミディアム・テンポのスウィング曲を演奏する。三者のタイムが合致し、絶妙のバランスで楽器間の会話が交わされる快演だ。

ルーファス・リード(b)


10人で1つのフレーズを反復する、基本的なアンサンブル・トレーニング

 続いてアースキンが、南カリフォルニア大の授業でも使っているローランド社のリズム・コーチRMP5を使ったすべてのミュージシャンのためのトレーニングが紹介された。メトロノームが打ち出すテンポが、ランダムにオン/オフする機能を使って、メトロノームがなくなってもテンポを正確にキープして、ドラム・パッドを叩く練習だ。これを修得すると、タイムがよりパーフェクトに近づく。質疑応答で、演奏中の集中力のあげ方とはという質問が寄せらる。目を開けて周囲を見回し、ドラム・セットはすべて楽に届く位置にセッティングし、余分な力が入らないようにする。ウェザー・リポート時代、変則的なセッティングで、思いっきり叩いてプレイしていたアースキンは、ジョー・ザヴィヌル(kb)から、微妙にタイミングが遅れるから気をつけるように言われ、力を抜いてリラックスすることに辿り着いたと語った。しかし、同じことをウェイン・ショーター(ts,ss)に相談すると、もっと強くぶっ叩けとのことだったようである。最後に、アコースティック・ファンクの曲がヴァリエーションとして、トリオで演奏され、この示唆に富んだクリニックは終了した。


 アースキン以外にもATNが日本語版を出版している教則本の著者のクリニックや、教育関係者による珍しいライヴなどが目白押しだった。ジャズ・コンセプション・シリーズのスキャット・ヴォーカルで、模範演奏を披露しているエイミー・ロンドン(vo)は、敬愛するエラ・フィッツジェラルド(vo)を分析し、トレーニングに応用するクリニックを催した。ブラジリアン・ミュージック・シーンきっての理論家で、ブラジリアン・ミュージック・ワークショップ の著者アントニオ・アドルフォ(p)は、"フレイジング・イン・ブラジリアン・ミュージック(ピアノ)"というテーマのセミナーを催き、多くのプロ・ミュージシャンがつめかけていた。アフロ・キューバン・スラップ・ベースライン の著者オスカー・スタグナロ(el-b)も、自らのレギュラー・グループのデモ演奏を豊富に盛り込んで、"ニュー・トレンド・イン・ラテン・ジャズ"を講義した。レアなライヴでは、インサイド・インプロヴィゼーション・シリーズ のジェリー・バーガンジィ(ts)が登場した。また毎年IAJEでは、自己のグループ、学生グループのゲストと大活躍のデイヴ・リーブマン(ts,ss)も出演。若い世代の学生に、刺激的な演奏を繰り広げた。



エイミー・ロンドン(vo)


アントニオ・アドルフォ(p)



オスカー・スタグナロ(el-b)

ジェリー・バーガンジィ(ts)

デイヴ・リーブマン(ts,ss)


ジェリー・バーガンジィをフィーチャーした、ブルース・ガーツ・クインテット

 雑誌社の主催による、対談、シンポジウムにも注目イベントが多かった。マイルス・デイヴィス(tp)をコロンビア・レコードにスカウトした、ジョージ・アヴァキアン、最晩年のマイルスのミュージック・ディレクター、マーカス・ミラー(el-b)、続々と発売されるマイルスの未発表音源ボックス・セットを手がけているボブ・ベルデン(sax,arr)による、"プロデューシング・マイルス"と題されたパネル・ディスカッションが興味深かった。当初予定されていた、60、70年代にマイルスのパートナーで、大胆なテープ編集でも、マイルス・ミュージックを支えたプロデューサー、テオ・マセロの欠席は痛かったが、アヴァキアンが50年代のギル・エヴァンス(arr)とのコラボレーションに関して、当時コロンビア・レコードがフランク・シナトラ(vo)らのヒットで潤っており、ギルに好きなミュージシャンをいくらでも雇ってよいと指示していたことを、証言した。現在のジャズを取り巻くレコード業界の状況からは考えられない贅沢なサポートにより、「スケッチ・オブ・スペイン」などの稀代の名作群は誕生したのだ。マーカス・ミラーは、ジョン・スコフィールド(g)との対談でも登場し、マイルス・スクールOB同士で、お互いのスタイルの確立への過程や、マイルスとの思い出を語った。昨年はソニー・ロリンズ(ts)が登場したジャズ・タイム誌の対談には、フリー・ジャズの開祖オーネット・コールマン(as,tp,vln)が登場。彼の音楽の遺伝子を持つプレイヤー、グレッグ・オズビー(as,ss)を相手に、「生と死とは?人間と動物の違いは?」と禅問答のような対談を聴かせてくれる。ダウン・ビート誌主催の公開ブラインド・フォールド・テスト(演奏者当てクイズ)に参加したロン・カーターは、出題されたデューク・エリントン(p)らとの興味深いエピソードを披露した。


オーネット・コールマン(as,tp,vln)


左からアル・プライヤー(司会)、ジョージ・アヴァキアン、マーカス・ミラー、ボブ・ベルデン

 


マーカス・ミラー&ジョン・スコフィールド

 


ロン・カーター(左)


 ヴォリュームたっぷりの夜のコンサートだけでなく、午後にもこれだけのイヴェントが集中し、見逃さないように注意するのも一苦労の4日間である。次回は、穐吉敏子も登場したNEAジャズ・マスター賞授賞式と、いよいよ大団円の最終日のコンサートの模様をお伝えしよう。

(1/10、11/2007 於Hilton New York & Towers, Sheraton New York Hotel & Towers)

 

関連ウェッブサイト

John Scofield
http://www.johnscofield.com

Marcus Miller
http://www.marcusmiller.com

Ornette Coleman
http://www.ornettecoleman.com

Ron Carter
http://www.roncarter.net/officialSite.html

Rufus Reid
http://www.rufusreid.com

Amy London
http://www.amylondonsings.com/

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http://www.oscarstagnaro.com/

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http://www.jerrybergonzi.com/