N.Y.ジャズ見聞録 

アーメン・ドネリアン

緻密な理論家の、

リラックスした

デュオ・ライヴ


コーネリア・ストリート・カフェ

 O・ヘンリーの短編小説の舞台でもある、シックなヨーロピアン調の街ウェスト・ヴィレッジは、オールド・ニューヨークの雰囲気を今も色濃く残しているエリアだ。その一角にあるビストロ、コーネリア・ストリート・カフェの地下には、こぢんまりとしたライヴ・スペースがある。アーメン・ドネリアン(p)と、マーク・モマース(ts)のカジュアルなデュオ・ライヴをお伝えしよう。


アーメン・ドネリアン(p)と、マーク・モマース(ts)

 アーメン・ドネリアン(p)は1950年生まれ、ニューヨーク市出身。幼い頃からクラッシック・ピアノに親しんでいたが、15歳でジャズにも関心をいだくようになった。1972年にコロンビア大学で音楽学士号を修得後、ジャズ・ピアノをリッチー・バイラークに師事、シェーンベルグ理論や、指揮法もプライヴェート・レッスンを受け、ジャズ、クラッシック双方の音楽理論の造詣を深める。ジャズ・フィールドへの本格的なデビューを、1975年ラテン・ジャズの巨匠モンゴ・サンタマリア(per)のグループで飾り、ツアー、レコーディングに活躍し、注目を集めた。以降ソニー・ロリンズ(ts)、ビリー・ハーパー(ts)、パキート・デリヴィエラ(as,cl)、チェット・ベイカー(tp,vo)らのレギュラー・メンバーを歴任、1981年からは自己のグループをも率いて、コンスタントにアルバムをリリースしている。

 パフォーマーとして華々しいキャリアを誇る一方で、アーメン・ドネリアンには優秀な教育者としての側面もある。1986年に設立間もないニュー・スクール大学のジャズ&コンテンポラリー・ミュージック科に招聘され、イヤー・トレーニング・クラスを担当する。80年代後半から、90年代前半にかけて、ブラッド・メルドー(p)、ラリー・ゴールディングス(org,p)、ピーター・バーンスタイン(g)ら現在のNYジャズ・シーンの中核を担っているアーティスト達を輩出したニュー・スクール・カリキュラムの、基礎理論講座として高く評価され、1992年アドヴァンス・ミュージックより、"Training The Ear"として上梓された。日本では2001年にドネリアンの教え子の井上智(g)の翻訳で、ATNからインプロヴィゼイションのためのイヤー・トレーニングとして出版され、本邦初のジャズ演奏者向けの細かく体系立てられたイヤー・トレーニング・ブックとして好評を博している。

 この本の画期的なところは、音階の表記を従来のドレミファや、C,D,E,Fにかわり、ルート音からローマ数字(I , II , III , IV)を当てはめ、従来のスケール・ディグリー(音階度数)を表すだけでなく、単音のスケール上の機能を示すことにも拡大して使用していることが挙げられる。これにより、コード・コンセプトが、明確に理解できるようになった。また細かいコードの分解と分析を、楽器ではなく自らのヴォイス(声)で行うトレーニングと、ジャズならではの複雑なリズムを体得するメソッドを同時進行させ、ジャズの基本形であるブルースのコード進行を徹底的に分析、最終的には誰でもマイルス・デイヴィス(tp)の「オール・ブルース」のソロ採譜(トランスクライブ)が出来るようする。ジャズ演奏を志す人には、必要不可欠な基礎理論の修得と、歌うトレーニングによって身につけられる相対音感を鍛え、実際の演奏にも、すぐに応用が出来るように、高度に機能的、体系的にまとめられた入門書である。

 

 コーネリア・ストリート・カフェ地下のライヴ・スペースは、ポエトリー・リーディング、アヴァンギャルド・ミュージック、ジャズと、50年代からボヘミアン達が集うウェスト・ヴィレッジの伝統をキープしているクラブだ。一階のビストロと同様の充実したフード&ワイン・メニューが、リーズナブルな値段で楽しめた。ドネリアンはおよそ月一回のレギュラー・ベースで、この店で演奏している。ファースト・セットの途中から店にはいると、アップライト・ピアノがステージ中央にセッティングされ、オランダ出身の気鋭のサックス・プレイヤー、マーク・モマースの朗々としたトーンが響き渡る。客席にはヴォーカリストのジェイ・クレイトンの姿も見え、気の置けない仲間の集まったフレンドリーな雰囲気の中でギグは進んでいた。”ジャイアント・ステップス”をフェイクしたようなコルトレーン・チェンジを多用したオリジナル曲、モダン・ジャズ・クァルテットの名曲"ジャンゴ"が演奏される。端正なピアノ・タッチと、理路整然としたインプロヴィゼーションは、アーメン・ドネリアンの理論家としての側面を窺わせる。ソロ・ピアノというフォーマットで、2001年から"Grand Idea"三部作をリリースしているが、この日のギグは、ソロ・ピアノのアイディアに、モマースのサックスという濃いスパイスをきかせ、スポンテニアスに演奏が発展するという、相乗効果が発揮された。音楽対話は大いに盛り上がり、客席にも伝播する。ファースト・セットのラスト・チューンは、パーカーの"スター・アイズ"。ミディアム・スウィングの心地よいリズムが、リラックスさせてくれた。しばしのブレイクをへて始まったセカンド・セットは、カフェの閉店時間もちかく、短めのアンコールだ。オリジナル曲のキュートなワルツ"チルドレン・ソング"、"オアシス"、ドネリアンのファイヴァリット、レニー・トリスターノ(p)の"317 East 32nd Street"などが、技巧的でありながら、耳あたりのよいさらりとした演奏で、ギグの幕を閉じた。

 Training The Ear: Vol.2 は、2003年に発行された中級者向きの「インプロヴィゼイションのためのイヤー・トレーニング」の続編であり、現在は直輸入版で原書が入手できる。日本のジャズ教育の現場にも、この卓越したメソッドが導入され、より多くの才能が羽ばたいてほしい。

(8/19/2004 於 Cornelia Street Cafe)


マーク・モマース(ts)

関連リンク

Armen Donelian
http://www.armenjazz.com/

Marc Mommaas
http://www.mommaas.com/

Cornelia Street Cafe
http://www.corneliastreetcafe.com/