N.Y.ジャズ見聞録 

ジェフ・ジャーヴィス&ダグ・ビーチ

「ジャズ・エデュケーターズ・ハンドブック」 著者インタビュー

 昨秋、ATNから発売され、日本におけるジャズ教育者のバイブルとなりつつある、画期的なマニュアル ジャズ・エデュケーターズ・ハンドブック の著者、ジェフ・ジャーヴィスとダグ・ビーチを、トロントで行われたIAJEの会場で、キャッチした。2人が、その著書に込めた熱い思いを語ってくれた。

ジェフ・ジャーヴィスとダグ・ビーチ

 20世紀初頭にジャズ・ミュージックが誕生してから、約半世紀の間は先達の演奏に触れ、基本的には口承伝授のような形をとって発展してきた。40年代のビバップ・ムーヴメント以降、システマティックになってきたインプロヴィぜーションの方法論や、リズム・アプローチ、ハーモニー構造やコード進行の理論化がすすみ、バークリー音大のような専門のスクールも設立され、より多くのミュージシャンが、ジャズのエッセンスをシェアできるようになった。ジャズ教育のシステムも、50年の時を経て洗練され、現在は多くの大学がジャズ専攻のコースを持ち、優秀なプレイヤーをシーンに送り出している。87年に米国下院議会が、ジャズはアメリカにとってかけがえのない、貴重な国家財産であり、その存続と理解、および普及のために手を尽くし、援助と資金を注ぐべきものと定義された。
  アメリカの中学、高校では、ジャズ・ヒストリーのクラスや、スクール・ビッグ・バンドがあり、聴く楽しみから、演奏する楽しみまで、ジャズの魅力に触れ理解する機会がある。ニューヨーク市の公立校でも、課外授業でハーレムのアポロ・シアターで、ウィントン・マーサリス(tp)の実演による、ジャズ・ヒストリーのレクチャーを受けるプログラムが組まれているようだ。しかし、ジャズ教育者としての専門トレーニングを受けているスクール・バンド指導者を、すべての中、高校に赴任させることは、現実問題として難しい。
  ブラス・バンドや、クラッシック・ミュージックの背景を持つ指導者が、ジャズ・ビッグ・バンドを指導するためのマニュアル本が、この ジャズ・エデュケーターズ・ハンドブック である。アメリカのハウ・ツー物のマニュアル本はかなり細かく、そのレシピ通りに実行すれば、まず間違いがない。この本も2枚組CDに収録された151トラックの演奏例で分かりやすく解説された理論、実践編から、学校管理者側との交渉術、寄付金集め、コンペ、フェスティヴァルの参加、演奏旅行の企画、自主CD製作、ゲスト・ミュージシャンやクリティシャンの招聘などの、スクール・ビッグバンドのマネージメントの側面にも言及しており、アメリカのスクール・バンド事情が理解でき興味深い。
  本書の原型は、共同執筆者の一人、ジェフ・ジャーヴィスがIAJE(国際ジャズ教育者協会)の役員を務めた1996年からの6年間に、Teachers Training Institute (TTI、教育者養成部)の設立と運営を手がけ、同じ役員のジェリー・トルソンと作った試験的プログラムにある。現在もTTIの楽器部門においてカリキュラムのモデルとして使用されている。

 ダグ・ビーチとジェフ・ジャーヴィスは、IAJEの展示会場で同じスペースをシェアする、ジャーヴィスが役員を務めるケンドール・ミュージックと、ダグ・ビーチ・パブリケーションのブースにあらわれた。アグレッシヴなのジャーヴィスと、物静かなビーチは、対照的なキャラクターだ。2人とも、トランペッターであるだけでなく、作曲家、編曲家、教育者、クリティシャン、コンペの審査員、音楽出版社役員、教則本執筆者と、多くの顔と長いキャリアを誇っている。
  まず、この本を出版した動機について聞いてみた。大きな理由の一つに、ジャズ教育者の世代交代があげられるとのこと。アメリカの大学にジャズ専攻が開設された頃、その教員は、モダン・ジャズの創生期のジャズ・ジャイアント達の下の世代で、ジャズの口承伝授を受けていた人たちの中から、そのエッセンスを普遍的に理論化でき、次世代の育成に情熱を持った人たちが、つとめていた。この世代の教育者が引退し、その薫陶を受けた世代に移行しつつあるのが、近年の状況だ。その世代交代の中で、譜面や理論だけではカバーしきれない、ジャズの重要な要素のリズムやハーモニーの微妙なニュアンスを正確に伝えるために、今この本を作る必要があったと説明してくれた。
  同封されている2枚の音楽CDには、151ものトラックが収録されているが、これには模範例だけでなく、アマチュア・バンドが陥りやすい悪い演奏例も、譜面と照合して原因が明確にわかるように解説されている。百聞は一見ならぬ、一聴にしかず。ハイ・テクノロジーの現代だからこそ、原点に帰りシンプルに音楽を聴いて理解すると言うことが重要であると、ジャーヴィスは言う。よい教育者になるためには、必ずしも優れたプレイヤーである必要はない。音楽に対する正確な理解と知識、そして教育への熱意があれば、誰にでも可能性は拡がっている。「ジャズ・エデュケーターズ・ハンドブック」をリファレンスにして、世界中のスクール&アマチュア・バンドのクオリティを高めたいと、ビーチとジャーヴィスは語ってくれた。
  翌朝、"New Music Reading"という企画コンサート参加している、ジャーヴィスを聴いた。各大学の教員プレイヤーを中心としたビッグバンドで、前年に発表された曲とアレンジを、全くの初見で演奏し、それを聴く出版関係者が、その出版権を落札するショウ・ケース的なイヴェントだ。ジャーヴィスはもちろん優れた教育者であるだけでなく、卓越した演奏家でもあった。


ダグ・ビーチ

 


ジェフ・ジャーヴィス


"New Music Reading"Big Band

 日本でも、ジャズをレパートリーに取り入れたい中学、高校のブラス・バンドや、大学生、社会人のアマチュア・ビッグバンドが多くあるが、日々のトレーニングに試行錯誤を繰り返している現実があるだろう。 ジャズ・エデュケーターズ・ハンドブック の中には、より効果的な練習方法へのヒントが多く発見できる。中学、高校の指導教員にだけでなく、アマチュア・バンドのグループ練習のマニュアルとしても、推薦できる一冊である。