N.Y.ジャズ見聞録  

しなやかなブラジリアン・グルーヴ
クリフ・コーマン & ネルソン・ファリーア
+ ジョアン・ボスコ


「ブラジリアン・リズム・セクション」日本語版の出版に喜ぶ著者たちクリフ・コーマンとネルソン・ファリーア

 サンバや、ボサ・ノヴァに代表されるブラジル音楽は、TVコマーシャルや、レストラン、カフェ、デパートのBGMと、日本でもあらゆるシチュエーションで聴こえてくるぐらいポピュラーだが、実際に演奏してみようとすると、その独特のリズム・フィーリングや、ハーモニー感覚をマスターするのは、なかなか難しい。ATNから発売された、「ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのためのブラジリアン・リズム・セクション」(Inside the Brazilian Rhythm Section)は、この状況に一石を投じる画期的な教則本だ。著者の一人で、NYジャズ・シーンの中でも、ブラジル音楽への造詣の深さで知られるクリフ・コーマン宅へ、ブラジルから共著者のネルソン・ファリーアが、ジョアン・ボスコ・グループの一員としてNY滞在中に訪れた。2人に、この著書についてインタビューをし、現代ブラジル音楽を代表するアーティストの一人、ジョアン・ボスコのライヴを聴いた。

 地下鉄を乗り継いで、ブルックリンへ向かう。アフリカ系コミュニティの駅周辺から少し歩いた閑静なタウン・ハウスの一つが、コーマンの自宅兼スタジオだ。ピアニスト、コンポーザー、アレンジャーのクリフ・コーマンはニューヨーク出身で、75年にプロ・キャリアをスタートした。ブラジル音楽に魅せられ、ニューヨークでのレッスン、研究にも満足することなく、ポルトガル語をマスターしてブラジルを頻繁に訪れ、現地のミュージシャンと交流、共演し続け20年以上が過ぎ、アメリカにおけるブラジル音楽のオーソリティとなった。自己のアルバム以外にも、NYのインディ・レーベルのチェスキー・レコードなどで、ブラジリアン・プロジェクトでは、ピアニストだけでなくプロデューサーとしても、クレジットされている。教育者としては、ニューヨーク市立大学や、ぺーシストとドラマーの総合スクール、ザ・コレクティヴで、ブラジル音楽全般や、リズム・セクション・セミナーの、教鞭を執っている。またブラジルでは、ジャズ・ピアノ、セオリー、インプロヴィぜーションを、ミナス・ジェイラス連邦大学などで教えた。

クリフ・コーマン
 地下室のスタジオでは、ファリーアがギターを爪弾きながら、待っていた。夜の演奏前のひとときを、旧友とのセッションでリラックスして過ごしている。二人は95年に、ブラジルでの音楽セミナーでクリティシャン同士として知り合い、お互いのミュージシャンシップを深めてきた。ネルソン・ファリーアは、多くの素晴らしいミュージシャンを輩出した、ミナス・ジェイラス州の出身。83年にはアメリカに留学し、音楽的にも大きく成長した。84年の帰国後は、名実ともにファースト・コール・ギタリストとなり、ミルトン・ナシメント、イヴァン・リンス、エドゥ・ロボ、トニーニョ・オルタそしてジョアン・ボスコら、ブラジルのトップ・プレイヤーから、キューバのゴンザロ・ルバルカバ、日本の小野リサらと、共演している。多忙な演奏活動の傍ら、ブラジル各地の大学で教鞭を執り、アメリカでも、IAJEや、マンハッタン・スクール・オブ・ミュージック、バークリー音大、ロサンゼルスのG.I.T.で、ブラジリアン・ギター・クリニックを行っている。
 プレイヤーとエデュケーターとして、バランスのとれたキャリアを持つ2人が、長年の経験を基づいて執筆したのが、この「ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのためのブラジリアン・リズム・セクション」である。一般的に知られているブラジル音楽のリズム・スタイルといえば、サンバ、ボサ・ノヴァ、ショーロなどがあるが、ファリーアによると、ブラジル全土に少なくとも200以上のリズムが存在する。ポルトガルを中心としたヨーロッパからの移民や、アフリカ各地からつれてこられた人々が持つそれぞれの固有のリズム、南米土着の音楽のビート、それぞれがミックスされ、音楽的にも巨大な混血文化を形成している。その多くのリズムの中から、ポピュラーな前述した3つに加えて、アフォシェ、バイヤゥンなど、8つのリズム・スタイルを選び、それぞれのチャプターを構成、コーマンと、フィリーアが、それぞれのオリジナルを提供して、リズムが成立した背景解説と、楽器ごとの詳しいリズム・アプローチの分析がなされている。それぞれの、リズムに固有の楽器編成もあるのだが、デモ演奏CDでは、すべてギター、ピアノ、ベース、ドラムス、パーカッションという編成のアレンジがなされている。オリジナル曲は、クィンテット編成のテイクだけで、アルバムになりうるくらい完成度は高い。それぞれ曲で、パーカッション以外の楽器が抜けたカラオケ・テイクがあり、自分の楽器で共演することができる。コーマンは、楽器演奏のテクニックと読譜能力がある程度あり、コードを理解している、中級者から上級者を対象に、この本を、著したと語っている。ブラジル音楽を演奏する上での、もっとも大切なフィーリングは、譜面解説だけでは伝わらず、ジャズ演奏と同じく、経験豊かなミュージシャンと一緒に演奏し、そのエッセンス、フィーリングを感じることによってのみ、学ぶことができると、ファリーアとコーマンはその経験から、痛感している。しかし、ブラジル音楽の真髄を体得しているミュージシャンとの共演は、日本ではかなり困難なのが現状であり、マイナス・ワンCDにあわせて演奏することによって、疑似体験とはいえ、その微妙なニュアンスを体感することが出来るのが、本書の画期的なところである。

 8時からのファースト・セットの時間が近づき、我々3人はヴィレッジのジャズ・クラブ、ブルーノートへ行った。コーマンもバック・ステージを訪れ、旧知のボスコに挨拶をする。いよいよ、パフォーマンスが始まる。ボスコは、ギター一本でステージに登場し、弾き語りでサンバを歌う。美しいヴォイスと、メロディがあれば、素晴らしい音楽は成立することが、証明されていく。数曲のソロ・パフォーマンスにベースのネイ・コンセイサオが加わりデュオ、さらにネルソン・ファリーアとドラムスのキコ・フレイタスが加わり、フル・メンバーでアフォシェのリズムのオリジナルを演奏する。複雑なリズムの成立の過程を、聴くことが出来た。ファリーアのギターは、ボスコのサウンドにさらに豊かな色彩を加えている。ジョアン・ボスコは、ファーリアと同郷で、様々なリズム、音楽の宝庫ミナス・ジェイラス州の出身。ポスト・ボサ・ノヴァのMPB(エム・ペー・ベー、様々な音楽を取り入れたブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)世代の、代表的なシンガー・ソング・ライターの一人である。隣の席のコーマンに、リズム・ストラクチャーをリアル・タイムに解説してもらう。比類ないボスコのヴォイスを中心に、しなやかで大きなグルーヴが、クラブ全体を包み込んでいく。リスナーとしても、豊饒なブラジル音楽の真髄を体感した。興奮さめやらぬ間に、コーマンに次回のブラジル音楽教則本プロジェクトを聴いてみた。対象をピアニストに絞った本と、より初級者向けの、リズム・セクション教本を、出版したいとのこと。豊かなブラジル音楽の果実を、多くのプレイヤー達がシェア出来るためにも、ぜひ実現してもらいたい。

(8/6/2003 於ブルックリン - クリフ・コーマン宅、ブルーノートNY)


ヴィレッジのジャズ・クラブ ブルーノート

ネルソン・ファリーア
ジョアン・ボスコ

 


関連リンク

Cliff Korman
http://www.cliffkorman.com/
Nelson Faria
http://www.nelsonfaria.com/
Joao Bosco
http://www.joaobosco.com.br/english/index.asp