N.Y.ジャズ見聞録 

リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ
KC and The Count

再現されたミニマリズム・スウィングの美学、
コンボ、ビッグバンドで明らかになる、ベイシーの偉大な業績

 ニューヨークの数あるビッグバンドの中で、選りすぐりの精鋭を集め、唯一、大ホールのホーム・グラウンドを持つという恵まれた環境で演奏をしているのは、ウィントン・マーサリス(tp)率いる、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラである。今回はカンサス・シティと提携して、カウント・ベイシー(p)のレパートリーを特集したスペシャル・コンサートをリポートしたい。

 1987年、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラ、オペラ、シティ・バレエに、教育機関としてジュリアード音楽院を擁し、素晴らしい音響のコンサートホール群を持つ、ニューヨークのクラッシック音楽の殿堂リンカーン・センターが、ジャズ・ミュージックの分野にも進出した。ジャズ・アット・リンカーン・センター(Jazz @ Lincoln Center)が設立され、大ホールの「エヴリ・フィッシャー・ホール」や、中規模の「アリス・タリー・ホール」で定期的にジャズ・コンサートが開催されるようになったのだ。ジャズの伝統の継承と発展を綱領として創設されたこの非営利団体だが、ウィントン・マーサリス(tp)の音楽コンセプトとも共通項が多く、出演にとどまらず、アドヴァイザーとしても協力した。翌1988年にはウィントンが中心となって結成された専属ビッグバンドが、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラである。
 その中核メンバーは、ウィントンのセクステットのウェス・アンダーソン(as)、ワイクリフ・ゴードン(tb)、ヴィクター・ゴーインズ(ts,ss,cl)、テッド・ナッシュ(ts)や、マーカス・プリンタップ(tp)、ライアン・カイザー(tp)らが務め、現在までに世界35ヶ国、300以上の都市で、コンサートやクリニック(音楽講座)を開催し、アメリカの伝統文化ジャズの伝道団として活躍している。  毎年、テーマを決めたコンサート・シリーズをもち、デューク・エリントン(p)や、ルイ・アームストロング(tp,vo)の生誕100年の記念年には、その演奏、功績の再検証、未発表曲の譜面発掘とプレミア演奏と、改めて彼らのアメリカ文化のへの多大な貢献を称えた。


ジャズ・アット・リンカーン・センター (Jazz @ Lincoln Center)


ウィントン・マーサリス

 ジャズ・アット・リンカーン・センターの企画コンサートも、1997年には、ウィントン・マーサリスの書き下ろしの3時間に及ぶジャズ・オペラ「ブラッド・オン・ザ・フィールズ」が、ジャズ・ミュージシャンとしては初めて、ピューリツアー賞を受賞し、華々しい成功を収めていた。そのウィントンと、ジャズ・アット・リンカーン・センターのスタッフの宿願は、クラッシック用のホールを使ったコンサートから脱却し、ジャズ・ミュージックをベストなサウンド・コンディションで鑑賞できるホーム・グラウンドである専用ホールを、建設することであった。
 そして2004年10月、セントラル・パークの南西に位置するコロンバス・サークルにあるタイム・ワーナー・プラザ内に、コンサート・ホールと、ジャズ・クラブがオープンした。ジャズ・アット・リンカーン・センターの専用ホール群が遂に完成したのだ。
 リアルな音場感を誇る3つのスペース、企画コンサートが開催される最大1,233席までセッティングでき、客席が360度でステージを囲んでいる「フレデリック・P・ローズ・ホール」、ステージの背景にはパノラミックな摩天楼の夜景が拡がる500人収容の「アレン・ルーム」、毎日オープンし火曜から日曜までの同一プログラムという伝統的なプログラム・スタイルに、アフター・アワー・セッション、月曜日の新人紹介アップ・スターツと、140席のレストラン&クラブ「ディジース・クラブ・コカ・コーラ」から、このホール群は構成されている。世界のジャズの中心である、ここニューヨークにその殿堂たるにふさわしい、"ハウス・オブ・スイング"が、その全貌をあらわした。

フレデリック・P・ローズ・ホール

アレン・ルーム

ディジース・クラブ・コカ・コーラ
 オープンしておよそ1年。その企画コンサートは、ジャズ・アット・リンカーン・センター設立以来の充実したプログラムを、聴かせてくれた。今回は、1930年代のカンサス・シティのジャズをテーマとし、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラは、その中心にいたカウント・ベイシー(p)の音楽を特集し、大ホールのローズ・ホールで演奏した。隣のアレン・ルームでは、カンサス州出身のボビー・ワトソン(as)が特別編成のコンボと、ジュリアード音楽院の学生ビッグバンドを率いて、カンサス・シティ伝統のブギー・ウギーを再現した。またロビーでは、名物のスペア・リブや地ビールの試食、試飲会が催された。
 カウント・ベイシー(本名はウィリアム・ベイシー、カウントは伯爵の意味の敬意を表したニックネーム、P)は、1904年ニュージャージー州レッドバンク生まれ。1920年代にニューヨークのハーレムで、ファッツ・ワーラー(p)に師事し、ヴォードヴィル・ショウで演奏を始めた。1927年にカンサス・シティに移り、サイドメンとして腕を磨き、シンプルなメロディを、強烈なグルーヴに乗せるスウィング・ジャズ・スタイルを確立する。1936年に自己のグループを組んで独立、その年の12月にニューヨークの52nd ストリートにオープンした、ダンスホール「ローズランド・ボールルーム」のハウス・ビッグバンドに招聘され、ニューヨークにカムバックする。瞬く間にその名声を確立、デューク・エリントン(p)・オーケストラと並んで、2大名門ジャズ・ビッグバンドとして、1984年のその死まで、様々なメンバーやアレンジャーのチェンジの紆余曲折をへながら、シーンに君臨した。そのグループを去来したのは、1937年から生涯ベイシーと行動を共にしたリズム・ギタリスト、フレディ・グリーン、レスター・ヤング(ts)、ビリー・ホリデイ(vo)、イリノイ・ジャケー(ts)、ジョー・ジョーンズ(ds)、サド・ジョーンズ(tp)、アル・グレイ(tb)、ベニー・パウエル(tb)、フランク・フォスター(ts)と、ジャズの歴史の中に、巨大な足跡を残している。そのシンプルながら豪快にスウィングするスタイルは、今も全世界のアマチュア・ビッグバンドの最高の手本である。



白熱するS・ジョーンズとM・プリンタップのトランペット・バトル

 

 この日のコンサートは、ファースト・セットはベイシーが断続的に活動したラージ・コンボ、"カンサス・シティ・シックス"を、再現したグループ、セカンド・セットは心ゆくまでゴージャズなビッグバンド・サウンドを堪能する、2部構成となっていた。
 カンサス・シティ関係者と、ウィントン・マーサリス(tp)のショート・スピーチのあとに、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのピックアップ・メンバーが次々とステージに登場する。リズム陣のダン・ニマー(p)、カルロス・ヘンリケス(b)、アリ・ジャクソン(ds)、ジェイムス・チリロ(g)は、ビッグバンドと同じだが、ホーンは、ウィントン・マーサリス(tp)を中心に、軽快なクラリネットを演奏したヴィクター・ゴーインズ(as,cl)、ウォルター・ブランディング(ts)、マーカス・プリンタップ(tp)、曲によってジョー・テンパーレイ(bs)と、ワイクリフ・ゴードン(tb)が交代するという5人編成だ。カウント・ベイシーはその50年にわたるリーダーとしてのキャリアの中で、ビッグバンドだけでなく、セプテット(7人編成)やノネット(9人編成)のグループも率いている。そのサウンドは、フェザー・タッチのような軽快なスウィングと言われた、"オール・アメリカン・リズム・セクション"の上で、選び抜かれたソリスト達が、ベイシー・オーケストラのミニマリズムの美学を濃縮したアンサンブルを構成した。
 ステージにはシークレット・ゲストが登場した。かつてベイシーとエリントンの2大ジャズ・オーケストラに在籍した名手クラーク・テリー(tp,vo)だ。同郷のマイルス・デイヴィス(tp)の少年時代に、ジャズの手ほどきをしたこの大ベテランは、暖かい音色のトランペットに、味わい深いヴォーカルにと、エンターテイナーの真骨頂を発揮して楽しませてくれた。
 この日のゲスト、フランク・ウェス(ts,fl)も、かつてのレスター・ヤング(ts)を思わせるソフト・タッチのサックス・プレイで、カンサス・シティ・シックス、ビッグバンドをともに支えた名バイ・プレイヤーだ。いまも変わらぬメロディアスなソロ、バラード・プレイで、聴衆を魅了する。
 


ジェイムス・チリロ

ダン・ニマー

カルロス・ヘンリケス


ウォルター・ブランディング

ワイクリフ・ゴードン

ヴィクター・ゴーインズ

 15分のインターミッションをはさんで、ステージにはリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのフル・メンバーが現れた。新たに加わったミュージシャン達も、ライアン・カイザー(tp)、テッド・ナッシュ(as)ら自らのリーダー・バンドも持つ一国一城の主達だ。360度客席に囲まれたステージの中心から、軽快なスウィングのリズムがあふれ出す。それぞれのプレイヤーに見せ場があり、ショーン・ジョーンズ(tp)とマーカス・プリンタップ(tp)のトランペット・バトルはなかなか聴き応えがあった。リズム・ギターのチリロは一度もソロを取ることはなかったが、かつてのフレディ・グリーン(g)を思わせる軽いタッチのバッキングは、ヘンリケス(b)のベース・ラインと共に、ホーン・セクションをプッシュしている。シンガーのジェニファー・サノンが、美しい声を聴かせれば、ウィクリフ・ゴードン(tb)は、渋い喉でシャウトして、喝采を浴びた。



ライアン・カイザー



テッド・ナッシュ


 リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラは、毎回のテーマに基づいてさまざまな時代のスタイルを演奏するのだが、その忠実な再現にとどまらず、現代からの俯瞰した視点で捉えているところに、その個性が発揮されている。今回も、カウント・ベイシーのサウンドがいかに進化を遂げたかを、コンボ、ビッグバンドの両方の側面から検証することによって、ベイシーの独創性、偉大さが、より立体的に理解できる。エンターテインメントとアカデミズム、この相反すると思われる要素を、両立できる希有な存在である、リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラの今後も、大いに期待できる。



帰ってきたカンサス・シティ・シックス

(9/22/2005 於 Frederick P. Rose Hall, NYC)

Jazz at Lincoln Center   http://jazzatlincolncenter.org/