N.Y.ジャズ見聞録 



マリア・シュナイダーが切り拓く
ビッグバンド・ジャズの新たなる地平
 

Maria Schneider Orchestra @ JVC Jazz Festival 2005

 

 NYの本格的な夏の到来を告げるのは、JVCジャズ・フェスティヴァルと、セントラル・パーク・サマー・ステージを中心とした、各地の野外コンサートの開幕である。今年のJVCジャス・フェスは、NYのメジャーなサマー・ミュージック・フェスティヴァルである”Celebrate Brooklyn!"や、"Hudson River Festival"とも提携したコンサートを、ラインナップに加えてきた。夕暮れ時にハドソン川河畔の、ワールド・ファイナンシャル・センター特設ステージを別世界に塗り替えたマリア・シュナイダー・オーケストラを、リポートしよう。


マリア・シュナイダー

 今年2月のグラミー賞授賞式で、革新的なことが起きた。ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム部門で、レコード店の店頭には置いていない、自主制作盤でインターネット経由の通販と、ダウンロード販売のみのという販売形態をとったマリア・シュナイダー・オーケストラの「コンサート・イン・ザ・ガーデン」が、受賞作品に選ばれたのだ。
 
1994年から、ドイツのエンヤ・レーベルで4枚のリーダー作をリリースしているシュナイダーだが、ジャズ・ミュージックにおけるCDの流通形態に疑問を感じ、最新作をウェッブ・サイト上で資金を募って制作する。完成した作品は、いくつかのフォーマットで販売されている。MP3ファイルのアルバム・データは、高品質の320bpsは$12.95、中品質120kbpsは$9.95でアルバム・カバーや、ライナー・ノートのパッケージのプリント・アウト用のファイルが添えられている。通常のCDアルバムは、限定1万枚で1,000枚は後日行われるオークションのためにキープされる。さらに、$81.95のコンポーザー・プラスと言うパッケージは、音源のほかにオーケストラのパート譜、リハーサル中のサウンド・クリップ、シュナイダー自身のコメントが、含まれるのだ。
 
ディストリビューションは、アーティストシェアというインターネット通販レーベル、シュナイダー以外にも、大ベテランのジム・ホール(g)、中堅どころのブライアン・リンチ(tp)、ダニーロ・ペレス(p)から、フィッシュのトレイ・アナスタシオ(g)、マンディ・満ちる(vo)らが、アルバムをリリースしている。リスナーと、アーティストを直結したスタイルが、シュナイダーの成功とともに注目を集めている。


 ミネソタ州ウィンダム出身のマリア・シュナイダーは、ロチェスターのイーストマン・スクール・オブ・ミュージックの大学院で、ボブ・ブルックマイヤー(tb,arr)に作曲、編曲を学び、1985年にニューヨークに進出した。師のブルックマイヤーもかつてアレンジを担当したサド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラの後進のメル・ルイス・オーケストラ、ギル・エヴァンス・オーケストラでアシスタント・アレンジャーを務め、モダン・ビッグバンドの旨味を自己のスタイルに吸収し、名匠ギル・エヴァンスの最後の弟子として、その最晩年に行動を共にする。
  1987年のギル・エヴァンス/スティングのヨーロッパ・ツアーのアレンジや、エヴァンス没後の91年にモントルー・ジャズ・フェスティヴァルで、死の直前のマイルス・デイヴィス(tp)と、クインシー・ジョーンズ(arr)が、50年代のマイルス&ギルのコラボレーションを再現したコンサートの一部で担当したアレンジで高評価を受け、ギル・エヴァンスの後継者として認められた。1993年に、マリア・シュナイダー・オーケストラを結成、ヴィレッジのジャズ・クラブ、ヴィジオーネスに5年間に渡って毎週月曜日にレギュラーで出演し、ニューヨークのベスト・ビッグバンドの地位を確立する。また、ヨーロッパ、サウス・アメリカのジャズ・フェスティヴァル出演、各地の放送局、オーガニゼーションのビッグバンドへの楽曲、編曲提供、指揮等でも精力的に活動を繰り広げ、国際的にも評価が高い。
  1994年にリリースしたギル・エヴァンスに捧げたファースト・アルバム「エヴァンセンス」は、いきなりグラミー賞のベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル部門と、タイトル曲がベスト・インストルメンタル曲部門にノミネートされ、続く第2作、第3作の「カミング・アバウト」(1996)、「アレグレッセ」(2000)も、ノミネートされた。そして今年2005年に、「コンサート・イン・ザ・ガーデン」で、ついに受賞の栄誉に浴したのである。またつい先頃の6月半ばに行われた、ジャズ評論家協会の年次総会では、ジャズ・アルバム、ラージ・アンサンブル、コンポーザー、アレンジャー・オブ・ジ・イヤーの4部門で顕彰され、現代のNYジャズ・シーンにおいて、もっとも脂がのっているアーティストの一人である。

 豪華なヨットや、クルーザーが繋留されているハーバーに面した、ワールド・ファイナンシャル・センターの中庭に、ステージはセッティングされていた。時刻は午後7時、夏至でサマー・タイムのため陽はまだ高いが、さわやかな風がハドソン川から吹いてくる。万雷の拍手とともに、マリア・シュナイダーとオーケストラの面々がステージに登場した。客席もほぼ満席に埋まっている。
  オープニング・チューンは、サード・アルバム「アレグレッセ」から「ジャーニー・ホーム」、チャールス・ピロウ(as)と、ロック・シッカローン(tb)をフィーチャーした佳曲だ。ソロが佳境に達するとともにアンサンブルもクライマックスを創り、マリア・シュナイダーの音世界がパノラマのように拡がった。
  そして、神秘的にピアノとアコーディオンが寄り添うイントロダクションが奏でられる。グラミー受賞アルバム「コンサート・イン・ザ・ガーデン」からのタイトル・チューンだ。この日の、オーケストラ・メンバーは、結成当時からの中核メンバーであるイングリッド・ジェンセン(tp)と、アルバムで重要な役割を果たした、ヴォーカルのルシアナ・ソーザと、パーカッションのジェフ・バラードを欠く布陣で、サウンドがよりコンパクト&タイトにまとまっている印象を受けた。ピアノのフランク・キンボロウ、トラディショナルなビッグバンドのようなカッティングをせずに、旋律によってアンサンブルを鼓舞するギターのベン・モンダー、アコーディオンのゲイリー・ヴァーサスのソロが、様々なサイズの同心円を描くように展開されていく。ホーン・セクションと向き合い、アンバー色の夕日を浴びて舞うようにコンダクトするシュナイダーの姿にも、しばし目を奪われた。

 


フランク・キンボロウ(p)

ベン・モンダー(g)

スコット・ロビンソン(bs)

ゲイリー・ヴァーサス(ac)   


ジェイ・アンダーソン(b)

 


リッチ・ペリー(ts)

 


ドニー・マクカスリン(ts)

 続いては、ブラジルのトラディショナル・リズム、ショーロをもチーフにした「ショーロ・ダンカド」。2003年3月のリンカーン・センターでの、穐吉敏子オーケストラとの競演コンサートのテーマ「ワールド・オブ・パーカッション」のために書き下ろされた曲だ。ティム・リースがソプラノ・サックスで流麗なメロディをとり、リッチ・ペリーが対照的な骨太なテナー・サウンドを轟かせる。パーカッションの不在を補ってあまりあるドラムスのクラレンス・ペンは、オーケストラのメイン・エンジンだ。
  次々と、シュナイダーのオリジナル曲が演奏される。ハイ・ノートをヒットするアレックス・シピアギン(tp)や、重厚かつ華麗なアンサンブルをボトムからがっちり支え、複雑なリズム構造も軽々とこなすジェイ・アンダーソン(b)のベース・ラインの有機的なブレンドは、見事としか言いようがない。30年代、40年代にダンス・ミュージックとして始まったビッグバンド・ジャズは、半世紀以上の時を経て、シンフォニーの完成度をも手に入れたと言えよう。マリア・シュナイダーの音楽は、その完成度故に卓越した技倆を持った選び抜かれたプレイヤーによる、微妙なバランスの上で成立している。そこに、トラディショナル・ビッグバンドが持つスウィング感や、エンターテインメント性のエッセンスを、さらに加えることが出来たときに、新たな次元が拓けると思われる。

アレックス・シピアギン(tp)

ティム・リース(ss)

ロック・シッカローン(tb)

チャールズ・ピロウ(as)

クラレンス・ペン(dr)


グレッグ・ギスバート(tp)

 ステージは佳境に達し、ラストチューンは、NYのビッグバンド・ホーンのボトムを長年支え続けている、バリトン・サックス、ベース・サックスの名手、スコット・ロビンソンをフィーチャーした「ザ・ウィロウ」で豪快な低音が響く。鳴りやまぬ拍手に応えたアンコールは、シュナイダーのリオ・デ・ジャネイロでの、ハングライダーにトライした体験を曲にした、「ハング・グライディング」だ。期待と不安が入り交じった離陸の心情を、グレッグ・ギスバートとの繊細なフリューゲル・ホーンで描き、頂点に達した興奮をドニー・マクカスリン(ts)の熱いプレイで染めていった。マクカスリンも、今年のグラミー賞で、「コンサート・イン・ザ・ガーデン」でベスト・ソロにノミネートされた実力者である。やっと夕闇が迫る中、オーケストラも90分に渡るサウンド・グライディングから、美しく着地した。今、マリア・シュナイダー・ミュージックの、そしてビッグバンド・ジャズの新たなチャプターが、始まろうとしている。

(6/21/2005 於 World Financial Center, NYC)

関連リンク

Maria Schneider
http://www.mariaschneider.com/

ArtistShare
http://www.artistshare.net/

JVC Jazz Festival
http://www.festivalproductions.net/

(プロデューサー、ジョージ・ウェインのフェスティヴァル・プロダクションのサイト)

Hudoson River Festival
http://www.hudsonriverfestival.com/