N.Y.ジャズ見聞録 


渡辺貞夫
" Wheel of Life "


(UCCJ-2026)

NYレコーディング・リポート

 渡辺貞夫の通算63作目、3年ぶりのスタジオ・レコーディング・アルバム" Wheel of Life "が、いよいよ6/25にリリースされる。ATNからも、一足早くマッチング・フォリオが発売された。2月に厳寒のNYで収録されたレコーディングの模様を、お伝えしたい。
 精神科医エリザベス・キューブラー・ロスの自伝(邦題は「人生は廻る輪のように」)に感動して、新作のタイトルに拝借し、渡辺貞夫は自らの音楽生活にたとえ" Wheel of Life"と名付けた。今回のサウンド・パートナーは、スタジオ録音での前作" Sadao 2000 "からコラボレーションをスタートさせ、ステージをともにしてきた、リチャード・ボナ(el-b,vo,etc)がつとめる。"マイ・ディア・ライフ”や、”カリフォルニア・シャワー”などのヒット曲を連発していた70年代中期から80年代にかけては、デイヴ・グルーシン(p,kb))、90年代のコンテンポラリー・ブラジリアン・ミュージック路線には、セザール・カマルゴ・マリアーノ(kb)と、渡辺のキャリアの中で好調期には、必ずアルバム数枚にわたってコラボレーションを深めていったブレーンが存在していた。
 リチャード・ボナは、アフリカのカメルーン出身。ジョー・ザビヌル(kb)に、パリのセッション・シーンで見いだされ、97年のザビヌル・シンジケートのツアーに参加し、ジャコ・パストリアス(el-b)以来の超絶技巧エレクトリック・ベースと、美しいファルセット・ヴォイスで、一躍注目のプレイヤーとなる。99年のソロ・デビュー作”シーンズ・フロム・マイ・ライフ”は、ハイ・クオリティのワールド・ミュージック・アルバムだ。ベース、ヴォーカルのみならず、ギター、パーカッション、キーボードと、マルチ・プレイヤーぶりを発揮、プロデュース、ソング・ライティングでも高い評価を得て、その恐るべき才能の全貌が明らかになった。このアルバムを聴いて、渡辺貞夫は99年のクリスマス・コンサートのゲストにボナを招聘、2000年初頭の"Sadao 2000"のレコーディングへと発展した。ボナはカメルーンでの少年時代、ラジオから流れる渡辺貞夫の音楽に親しんでいたという。現在、ボナはソロ・プロジェクト以外にも、パット・メセニー(g)・グループ、本作にもゲスト参加し曲にシャープなシェイプを加えているマイク・スターン(g)、渡辺香津美(g)ら多くのアーティストのアルバムに参加し、もっとも多忙なプロデューサーでもある。

リチャード・ボナ

マイク・スターン


ホメロ・ルバンボ


ジョージ・ホイッティ


ナサニエル・タウンスレー

 渡辺貞夫の、シンプルながら、おおらかで大地を感じさせるオリジナル曲は、スケールの大きなボナのアレンジで、ドラスティックに進化する。今回のレコーディングで、ボナのアレンジメントの核心に迫ることができた。曲はアルバム5曲目の" ウィンド&ツリーズ ”、渡辺が85年の”マウーシャ”以来、レコーディングでフルートを手にした、ソフトタッチの曲だ。NYのレコーディングで、ブラジリアン・テイストといえば必ず参加しているアコースティック・ギターのホメロ・ルバンボ、ボナのソロ・プロジェクトにも参加しているジョージ・ホイッティ(p,kb)、ナサニエル・タウンスレー(ds)が脇を固める。全員の同時録音で、数テイクを重ねる。ボナがリードするグルーヴが、メンバーたちと美しく調和したところで、OKテイクが完成した。コンピューター上のハードディスクに、プロ・ツールズを使って録音されているので、高度なマルチトラック録音が可能だ。渡辺とボナは、OKテイクを繰り返し聴き、アイディアを交換している。ボナが、コーラスやパーカッションのオーヴァーダブを、ピンポイントで指定し、自ら演奏する。どれも驚くほどに、ジャスト・フィットした。渡辺の美しいメロディが、ボナにインスピレーションを与え、壮大なアンサンブルへと変貌を遂げていく。ボナの体内で鳴り響いている素晴らしいサウンドは、譜面を介さず直感的に目の前に現れる。美しい音楽の誕生の瞬間だ。厳密な譜面上の構成と、スポンテニアスにひらめいた現場でのアイディアが、全く違和感なく融合した。ボナは、自らのヴォーカルをフィーチャーした2曲の新曲を本作に提供している。渡辺と同様のおおらかさを持ちながら、アフリカの大自然を感じさせるメロディは、この天才の底知れない才能を顕し、アルバムに多彩なサウンド・ヴァリエーションをもたらした。
 タイトル曲の"ホイール・オブ・ライフ"と、エンディングを飾る”スプリング〜オール・ビューティフル・デイズ”は、渡辺のフルートと、ルバンボのアコースティック・ギターのデュエットだ。渡辺のメロディ・センス、ルバンボのハーモニー感覚、音のない空間を効果的に生かすボナのアレンジが一体となって、極上のサウンドの会話を聴かせてくれた。

 7月31日からは、リチャード・ボナをフィーチャーしたグループで、東京、大阪、名古屋、宇都宮でアルバム・リリース・コンサート・ツアーがある。渡辺貞夫は今、リチャード・ボナという新しい翼を獲て、新たなるピークへ雄飛しようとしているのだ。
(2/11/2003 於 Sear Sound )

関連リンク

渡辺貞夫
http://www.sadao.com/

ユニバーサル・ミュージック
http://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/sadao_w/index.html