N.Y.ジャズ見聞録 

美しいメロディと、緻密なアレンジ

愛川 由香 & The New York Jazz Gentlemen

 前回、井上智のライヴを紹介した、ブルーノートNYのサンディ・ブランチ・ライヴ East meets West は、増尾好秋(g)、大野俊三(tp)らベテランから、井上陽介(b)、百々徹(p)、マンディ・みちる(vo)らの中堅、若手まで、NYで精力的に活動する日本人ミュージシャンの現在が、リアルタイムで体験できる、好企画となってきた。ピアニストとしてだけでなく、コンポーザー、アレンジャーとしても、近年めきめきと頭角をあらわしてきている、愛川由香が、自己のグループ The New York Jazz Gentlemen を率いて、このシリーズに出演した。

         

 愛川由香は、静岡県出身。国立音大ピアノ科卒業後、89年からNYに拠点を移した。ニュー・スクール大学群マネス音楽大学ののジャズ科を経て、クィーンズ・カレッジで、サー・ローランド・ハナ(p)、ジミー・ヒース(ts)に師事し、ジャズ・パフォーマンス修士を取得した。10年間のアメリカでの音楽活動は、99年にパドル・ホイールからリリースされた、デビュー・アルバム「森羅万象」に結実された。ペイシャンス・ヒギンズ(ts)、ベニー・パウエル(tb)、井上智(g)らをゲストに迎え、7曲のオリジナル曲を含む、このアルバムは、そのメロディ・ラインのみならず、フロントの管楽器、ギターのアレンジにも、秀逸な才能を見せてる。エー・ティー・エヌ社発行のミシェル・ウェイアーのヴォーカル・インプロヴィゼーションでは、翻訳を担当した。

愛川 篤人
 この日の、レギュラー・グループ The New York Jazz Gentlemen は、レコーディングにも参加していた、ペイシェンス・ヒギンズ(ts)ニューマン・テイラー・ベイカー(ds)に、愛川の夫君で、彼女の音楽をもっとも理解し、サポートしている愛川篤人(b)が参加した、クァルテット編成であった。愛川篤人は、ラーモン・リッカーのインプロ・シリーズや、ジム・スナイデロのイージー・ジャズ・コンセプション・シリーズなど、エー・ティー・エヌ社の教則本の中核をなすシリーズの翻訳者としても、評価が高い。
           
       ペイシェンス・ヒギンズ                      ニューマン・テイラー・ベイカー
 日曜日の午後のブルーノートは、いつもと違うリラックスした時間がながれている。ステージでは、ボサ・ノヴァがピアノ・トリオで演奏され、パフォーマンスの穏やかな幕開けを告げる。アルバム「森羅万象」にも収録されているマイナー・ステップだ。一音一音を丁寧に紡ぎ、サウンドがゆったりとした小川のせせらぎのように、流れはじめる。その流れは、ビル・エヴァンスが姪に捧げた、オリジナル曲ワルツ・フォー・デビーへと、たどり着く。プリティな原曲のメロディと、愛川のアドリブ・ラインは美しく、ニューマン・テイラー・ベイカー(ds)と、愛川篤人(b)の繊細な伴奏で、インプロヴァイザーとしての側面をフィチャーしている。  ペイシャンス・ヒギンズ(ts)がステージに登場し、アルバムのオープニング・チューンでもあるメイク・ア・ムーヴとなり、川は中流にさしかかる。ヒギンズは、NYのセッション・シーンのファースト・コール・プレイヤーだ。自然体の演奏スタイルは、力みのない愛川由香の曲調にジャスト・フィットする。バーンスタイン作曲の、ロンリー・タウン、アップ・テンポのビバップ、オーニソロジー(チャーリー・パーカー)、ヒギンスがフルートに持ち替えたドビッシーの亜麻色の髪の乙女と、緻密なアレンジで、スタンダード・チューンや、クラッシックの有名曲に、新たな息吹を吹き込んでいる。愛川由香は8月14日うまれ。この日演奏された曲の作曲者は、全員8月生れという選曲だが、そうそうたるメンバーのオリジナル曲に、けっして引けをとらない愛川の曲は、その高い作曲能力を証明している。アグレッシヴな一面をのぞかせるモーダルで、テンポの速いオリエント・エクスプレス、グループのテーマ曲であるユカズ・ドリームは、ハード・バップ調の曲で、スケールの大きな全員のアンサンブルで、パフォーマンスは大海へと到達した。

 10月の半ばから、愛川由香は、愛川篤人を帯同し、関西、関東の各ジャズ・クラブで、日本の友人達と共演する。大都会の喧噪の中の、オアシスのような愛川由香のサウンドは、リスナーにホッとする安らぎをもたらすであろう。  

(8/18/2002 於 Blue Note NY)

 

関連リンク
愛川 由香
 Yuka's Dream   http://sapporo.cool.ne.jp/ydream/
Blue Note NY   http://www.bluenote.net/